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  • 執筆者の写真裕之 安井

2065 嶋渡さん




大学卒業の時期にゼミ内でソフトボールの試合をした。

4年生+M2生 VS 3年生(在校生)のベストマッチ。


打順の1番は、嶋渡(M2)さん 2番は安井。

試合は最終回までもつれる。


同点で迎えた4年生+M2生チームにチャンスが訪れる。

ツーアウト1・2塁でバッターは、1番 嶋渡(M2)。


初球を打つ。

打球は内野を抜ける。

2塁ランナーは余裕で帰ってこれる、距離。

サヨナラだーーーーーーー

???????


なぜか、ヒットを打った 嶋渡(M2)さんが

2塁ランナーを3塁に留まるように指示。


M2権限で、満塁とし、

次のバッターにプレッシャーを与えてやろうという魂胆が見える。

てか、それしかない。


お前に回したぞ、打てるものなら打ってみろ。

むしろ、凡退して 恥をかけ!と思ったかどうかは

確認しようがない。


嶋渡(M2)さんの意図が透けて見えた次のバッターは、

「なんでランナー帰さんの!意味わからん(怒)


結果から言えば、サヨナラヒットを打ったんだけど、、、

褒めてもくれんし、むしろなんで凡退せんの?ぐらいの

くやしそうな顔で話しかけてくる。

そもそも同じチームだったでしょ?(笑)


嶋渡(M2)さんとは、同じ高校の先輩後輩の関係で

僕に対して たくさんの愛とムチをくれる。

(学生時代はムチが多かった気がする)


思い出すのは、あのソフトボールの試合。



僕が建築家になりたいと思ったきっかけも

嶋渡さんが関わっている。


広島の大学生のみが応募できる五三会コンペで、

締切当日までどうやって図面を仕上げて良いか分からず

右往左往していた僕らは、

たまたま まだ学校に居た嶋渡さんに助けて貰った。


それが人生で初めて奨励賞を貰ったアイディアコンペで

そこが全ての始まりだと思っている。



僕が結婚し、

子どもが小さい頃、松江にも泊まりにきてくれた。


いつも気にかけてくれてたんだと思う。


「お前は結婚して変わった。あのままどんな社会人になるか心配だった」

「お前は由江ちゃんに感謝した方が良い」と。

その言葉は、大切にしている。


お互い独立してからも

特にここ数年は、半年に1回の長電話をしている。


仕事はあるか、生活できてるか、案じてくれている。

それがいつも痛いくらい伝わってくる。


松江で仕事があるから手伝ってくれと言われ、

断る理由もなく、一緒にやりましょうと話したのが

最後の電話になった。



12月21日午前、ゼミの友人から一報が入る。

言葉にならないとはこういう事なんだ、と

呆然とする。


信じられないし、現実味がない。


12月は色々な事があり過ぎて精神的に辛った。

考えてもどうしようもないのに 

それに囚われ続けていた気持ちが全てぶっとび

嶋渡さんに支配される。


考えることは嶋渡さんのこと。

そんな状態で夜まで過ごす。



由江が仕事から帰ってきた。

報告しよう。

由江の方を見る。


「嶋渡さんが亡くなった」

と告げた瞬間、


涙があふれ、聞き返されても言葉にならない。


始めは冗談だと思っていた由江が

顔を伏せて泣く僕を見て 背中をさすってくれた。

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